First Creation 2006/12/20
Last Update 2007/10/31
Bloody Mary > Column > 2006/12/20 - Wednesday

雨漏り

水難、金難、もうカンベンしてください。

不幸すぎる師走

2006/12/19

前々から思っていたことがある。オレの車の窓ガラス、曇りすぎなんじゃないか?

車に乗り込むと決まって窓ガラスが曇っている。それも、向こう側の風景が見えないくらい激しく。冬だから水滴がつくのもある程度しょうがないとは思うものの、バックミラーで後ろの景色が見えないから恐ろしい。他の車をみても、こんな曇り方をしている車はそうそう見かけない。拭いてもすぐに曇ってしまうから、あきらめてそのまま走ろうとするのだが、タダでさえ視界の悪い MR-S だ。車線変更のたびに寿命が縮む。

暖気が十分じゃないのかもしれないと考えて 10 分くらい暖めてみた。それにもかかわらず、余裕で曇っている。チャンピオンである。湿気チャンプ。

プールに通っているから、水分を吸ったバスタオルとかが湿気の原因なのだろうとあきらめていたのだが、ある日、プールの帰りに助手席側だけが曇っているのを発見。まさかと思いつつ助手席のシートを触るとグシャっという音がした。手のひらに滴る水滴。 2 度目の水難である。

前回はフロアシート下のゴムパッキンが外れた。私の乗っている MR-S に限らず、車のシャーシには丸い穴が開いてる。そこにはゴムパッキンがはまっている。別に穴なんかなくてもいいと思うのだが、それが普通らしい。さて、ゴムパッキンが外れた状態で水溜りを走行するとどうなるか。当然、水しぶきが上がって、空いた穴からどんどん水が入ってくる。

今回もそれで水びたしになったのだろうと思ってトヨタに車を持っていった。ゴムパッキンなら 1 つ 500 円 ( 250円だったかな? ) くらいだったし、助手席を外してシートの下を乾かすのは自分でやるから、さしてお金はかかるまいと思っていた。ところが、ゴムパッキンはちゃんとはまっているようだった。もうちょっと調べるから飲み物でも飲みながら待ってくれと言われ、ヤバイ予感を覚えつつ紅茶を飲んだ。飲み終わってもまだ待たされて、このまま車置いて帰ろうかなと思ったころに、ようやく原因らしき部分を特定できた。

雨漏りだった。MR-S には、幌からドアのラインに沿って雨どいの役目を果たす部分があり、そこを伝った雨水がドアの下 ( 車外 ) に排水される仕組みになっている。その部分に何らかの不具合が発生して、排出できなかった水が助手席側に入ってきていたのだ。

原因らしき部位を特定できたものの、完全に特定できたわけではないから数日預けて欲しいと言われた。代車は? と聞くと、ないと言う。何故かと言うと、ボーナス時期の 12 月に車を買う人が多いためである。12 月に車を買うと、車検も 12 月になる。車検は代車を貸すことが多い。そういうことらしい。まあ、家が近いからいいか。既にそのつもりだったし、どうせ普段はバイクを使うから足には困らない。

帰り際、料金はいかほどになりそうかと聞くと、分からないといわれて余計不安になった。恐るべきことに、時価である。部品が劣化していれば、取り寄せ+工賃が発生するわけで、とりあえずテープで応急処置的な対処も可能だが、それだとオープンにはできなくなるらしい。何のためにオープンを買ったのか分からなくなるので、ここはアエル 31 階から飛び降りる覚悟で修理してもらうことにした。そんなところから飛び降りた日には 99.9999% 死ぬだろうが・・・

ちなみに、清水の舞台から飛び降りて生きていた人は、江戸時代で推定 420 人、その中で生き残ったのは 60 人程度らしい。あおのり世相をぼやく - 清水の舞台から飛び降りるとどうなるのか? (2006/05/16)より参照。生い茂った木に受け止められて、生存率は高かったようだ。

そんなウンチクは意外とどうでも良くて、軽装で来てしまった事を後悔しながら、寒い中歩いて帰ることになった。

2006/12/20

原因が分かった。幌の下の雨どいにあたる部分の中間がから、水が漏れていた。どうやらゴムの接着が弱くなってそうなったらしい。接着剤で修理可能とのこと。幾分ほっとしつつ、修理代が \10,000 と言われて気が遠くなった。最近、悪いことはしてないと思うんだが、何の罰だろうか。

病気と死が、等しく万人に訪れるように、幸運と不運も人間性とは無関係に訪れるのだろうか。振り返ってみると、自分のしでかした行動が善であるか、悪であるか、またその結果の如何にかかわらず、割とランダムに運・不運が訪れた気がする。つまり、神に祈っても幸運は呼び込めないし、アリガタイ教祖様ご推薦の幸運の壺を持っていても不運は訪れるのである ( 幸運の壺が家にある時点でその人が不幸に思えるのは気のせいだろうか ) 。だから、他人に迷惑をかけない範囲で、開き直って好きに生きればいいのである。本当に好きに生きたいなら山の中で暮らせば OK だ。他人を気にせず、好き勝手なことができる。餓死の危険性はつきまとうものの、何も問題ない。ひとつ賢くなった。

と、現実逃避しても現実は変わらないわけで、来月の給料まで、千円単位でプランを立てなければならないくらいヤバイのに、既に \10,000 円の出費で計算が狂ってるし、こんなんで年が越せるんだろうか。

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