Bloody Mary  

First Creation : 2006/10/31

Last Update : 2006/12/20

Bloody Mary > Column > 2006/10/31 - Tuesday

ハロウィン

天高く馬肥ゆる秋。仲間達が馬鹿騒ぎに興じる季節。我が名は天邪鬼。

ウィル・オー・ザ・ウィスプ

1. 導入部

食欲の秋。スポーツの秋。芸術の秋。読書の秋。「恋愛の秋」「冒険の秋」「ミナゴロシの秋」。自動詞+秋ならば何でもありな気がする。ここを訪れる奇特な人々がどのタイプに当てはまるのか、興味深い。

雲淨妖星落、秋高塞馬肥──雲清くして妖星落ち、秋高くして塞馬肥ゆ。唐のキラワレモノ、杜審言 ( トシンゲン ) が友人に宛てて書いたように、秋は夏の暑さが和らぎ、多くの生き物の活性が高まる季節である。

私の場合も愛機 DMC-FZ10 ( 初めて購入した 1 眼レフのデジカメ。愛機という割に扱いが手荒である ) を片手にバーベキューだ釣りだドライブだとアウトドアに拍車がかかるが、精神的な活性はむしろ低くなるようで、10 月は知的活動を一切していないことに気付いてしまった。このように書くと、まるで普段は知的な活動に勤しんでいるという錯覚が生じてしまうが、私は他人の考えには関与しない性格である。

こんな調子でゴシップ誌の悪い見本を真似たにわか錬金術師達の生み出す情報がフェルミ速度でネットワークを駆け巡る時代、情報はまさに玉石混合である。結果、世の中には石の割合が圧倒的に多くなるわけで、あえて独断と偏見で書かせてもらうなら、クラスメートの不良、だけど仲の良かったマサル君が、ヤクザになっていた割合より低い。マサル君って誰だろう。

ともあれ、優秀なサルベージャは秒単位で増殖する情報の海から「自分にとって」価値のある情報を拾い上げ、情報の正当性を評価するために「他サイトとの比較」「反証の検索」「論理的思考」 etc... これらのいずれか、あるいはクロスチェックを行って日々白髪を増やしているわけだが、哀れなのは抜ける体質の人であろう・・・そんな彼らが心休まる数少ないサイトがここである。

それは何故か? 玉 ( ギョク ) がないから検証する苦労がない・・・というか、そもそも来ないだろ。

というわけで 10 月といえばお仲間──悪霊どもが騒ぎ始める時期、すなわち、ハロウィンである。

今年はカボチャをくり抜いてこんなのを作ってやろうかと思ったが、ウィル・オー・ザ・ウィスプ用のカボチャ ( pumpkin ) がどこにもカボチャ売ってなくて、日本のカボチャ ( squash ) で作ろうと思ったらバカ高く、中止とあいなった。

オレンジのやつなら 5Kg で 500 円なのに、日本 ( 濃緑 ) のやつだと 1 個 1,500 円もする。食べ物を粗末にしてはいけない。せっかく頭にナイフを突き刺してシュールなカンジでロウソクを灯そうと思ったのだが。

2. ロト6 が!

確か 10 月初旬の頃だった。待ち合わせ場所の近くに宝くじ売り場があった。客は 1 人しかおらず、並ぶ時間が最小単位だったこともあって、「これはもしや幸運の前兆では?」 という分けの分からない錯覚にかられ、76% の期待と 24% の時間つぶしのためにロト6 を買うことにした。

今日の日付に関連する数 ( 確か 6 だったような ) が来るだろうと勝手に予想し、あるはずもない霊感に導かれるまま用紙を塗りつぶしていく。1 枚の用紙で購入できる最大数 5 個全てを予想し、\1,000 を渡すと「当たりますように」とお決まりの文句を投げかけてくるおばちゃん。そういえばここ 1 年ほど 5 等すら当たっていないが、去年より前は「当たりますように」なんて言葉は聞かなかった気がする。場所によって言うところと言わないところがあるのだろうか。むしろ呪いの言葉なんじゃないか、などと被害妄想も甚だしいことを考えながらロト 6 を財布に入れ、すっかり忘れたまま月日は流れた。

ある日、唐突に思い出した。そういえば当選番号の確認もしていないけど、どうなったかしら。当たっただろうか。当たったら船舶免許を取ってクルーザーを買おうかしら。それとも航空ライセンスでセスナかしら。一人乗りのヘリも捨てがたい。あれで通勤すれば渋滞も関係ないハッピー。あれ、そう言えば・・・?

ふと、ある予兆を覚えて券を確認してみたところな、なんと・・・!?

 

買ったはずのくじがない。どうやら大量のレシートに紛れて捨てられてしまったらしい。家のゴミ箱をあさってもなかったから、あの 2 億円のチケットはゴミの日に仙台地獄巡りに旅立ったのだろう。今頃は業火によって蒸発し、一筋の煙となって空に立ち昇ってしまったに違いない。この世に存在した痕跡は跡形もなく消し去られてしまったのだ。そう、当たった証拠をお見せしたいのは山々なれど、残念ながら物証は既に存在しないのである。遺憾ながら「どうせ外れだろ」という根も葉もない誹謗中傷を否定する証拠もなくなったわけだ。

「夢を捨てる男」の称号を得た。こんな栄誉に与るくらいなら、ゲーセンでガン・シューティングを 2 丁拳銃でやって「キャーあのひとかっこいい」とか言われてたかった。そんな蔑んだ視線を送られても照れてしまうじゃないか。よせよ。

3. もう 1 人いる

その日は朝早くから遠出していた。そろそろ黄色くなり始めた木々の合間を散策し、汗ばみ、息を切らしながらも移ろう季節の様子をカメラに収めた私は、黄金色の太陽が沈み切る前に帰途についた。

峠の途中の料理屋でざる蕎麦を頼み、空腹を癒す。殊のほか美味い蕎麦に舌鼓を打ち、蕎麦湯を堪能した頃には既に、太陽の光は水平線の彼方へと退却し、夜の勢力が幅を利かせていた。

帰り道、街頭のない峠の闇は濃くて、ライトをハイビームにしたところで闇の気配は払拭できず、心細い面持ちで慣れない道を走った。

峠を上りきり、ようやく下りが始まっったので、私は安全運転を心がけた。

それはやや急な左カーブを曲がった時だった。右車線のガードレールを照らしていたヘッドライトが突然闇色に切り取られた。そうとしか判断できない一瞬だった。しかしヘッドライトは路面を照らしている。切り取られた両端に、奇妙な光の反射を見たとき、私は理解した。ガードレールが外側に突き破られているのだった。

その足元には花束が供えられ、かつてその場所で事故があったことを示していた。備えられた当時は色鮮やかだったであろう花は、枯れ果てて色を失い、茶色いミイラの手が生者を手招きしているように見えた。

「事故か。何の花だったんだろうな」

私は照れ隠しのように呟いた。

「グラジオラス」

友人が花の名を知っていたことが意外だったが、右カーブを曲がったときの衝撃に、そんな思いはあっけなく霧散してしまった。

女性が頭をこちらに向けた状態で道路に倒れていたのだ。急激に減速しながらも車は止まらず、女性の姿が助手席から後方へと姿を消す一瞬、ガードレールの方向を向いていた顔が私の方を向いた。

生を感じさせない青白い表情、光を反射しない黒洞、左半分を覆う髪の毛。

顔だけが動いた。身体は動かなかった。体が麻痺するほどの重態なのか、単なる寝返りのような反応だったのか。それより本当に生きているのか。生きていないとしたら・・・だが、生きている人間を見捨てるようなことは出来ない。

1 秒に満たぬ葛藤の中で、離しかけたブレーキを再び踏み込み、少し離れたところに車は停車した。

私はドアを開いて暗い路上の上に立った。空には月明かりも、それどころか星の姿すらない。厚い雲が天上の光を遮り、車の周りだけは明るく、後ろはどこまでも闇色だった。

事は急を要するかもしれない。私は鼻先すら見えない夜道を、車に備え付けてあるペンライトで照らし、地獄において微かな光を得たウィリアムのように、その頼りない光だけをよりどころにして走った。

カーブのところに着いたが、女性の姿は見えなかった。ガードレール沿いに戻ってきたのだから、見逃したはずはなかった。

どこへ行ったのだろう? まさか幽霊なのでは・・・

ぞっとした気分で後ろを振り返ると、10m ほど向こうに、女性がうつぶせに倒れていた。

そんなはずはない。

不条理なことに直面したときに出る癖で、目つきが悪くなっていくのが分かる。内心の恐怖を押し殺すためであることは自覚していた。

「どうしました? 大丈夫ですか?」

私はゆっくりと近寄りながら、芸のない台詞を吐いた。女性は動かない。 4m ほどまで近寄ったところで変化が生じた。女性は、うつむき加減に上半身を起こした。良かった、生きている、とは思わなかった。私は魅入られたように、その女性の顔がこちらを向くのを・・・

「どうした」

私は肩に置かれた手に死ぬほど驚き、振り返った。

ぼんやりと友人が立っていた。

よほど慌てていたのだろう。私は友人が後を追ってきてくれたことにも気付かなかった。

近距離にあるせいで下から呷り気味に浮かび上がった友人の顔には、いかなる表情も浮かんでいなかった。私と同じで倒れている女性のことが衝撃だったのだろう。

私は違和感を感じた。いや、どこかおかしくはないか? 注意深く周辺を探っていた私が、後からついてくる友人の気配に気がつかないということがあるものだろうか。私は大事なことに気付きかけていた。朝は一人で家を出た。カメラの仕事も一人でした。それなのに、帰りに友人を乗せている。いつからだ。蕎麦を食べたときもいなかった。いつからだ。そうだ、あのカーブからだ・・・

そもそも、その男は私の友人なのだろうか。違う、こんな顔のやつは知らない。友人なんかじゃない。

「お前は・・・誰だ・・・?」

男は応えなかった。

「あれがグラジオラスだと知っていたのか。枯れる前の花を見たのか」

男はなおも応えない。ぴくりとも動かない目が不気味だった。スーパーの生鮮食品売り場で良く見かけるが、この目をした人間は絶対に見たことがない。

後ろでは女性が起き上がったのだろう。立ち上がった気配がする。そして、足を引きずるような音が、一歩一歩近づいてくる。

私は腹筋に力を入れ、徐々に戦闘状態に移っていく。どうしようもない絶望感を抱えながら。そして私のすぐ後ろに気配が生じたとき、

「おおおおおおおおおお!!!!」

咆哮を上げ、バックハンドと共に振り返った私は、浮遊感に包まれ、慌てて何かにしがみついた。半分落ちかけていた体勢であがいたものの、あえなく落下してしまう。かろうじて足から落ちた私は、呆然と闇を見渡した。30 秒ほどで暗闇に目が慣れ、オーディオ機器の LED が灯す微かな光が浮かび上がった。

「夢・・・だったのか・・・」

しばらくはそのままの状態で、激しく高鳴る心臓と、寒さと風邪以外では経験したことのない震えに身を委ねていた。いや、一度だけ。祖母が亡くなった日の未明に目が覚め、再び眠りにつくまでの数時間を、震えながら過ごした経験がある。霊感がまったくない私にも、何らかの予兆を感じる力があったのか。祖母の魂が亡くなる前に会いに来てくれたのか。冷静に判断するなら、入院していた祖母は容態が悪く、死期が近いことを無意識のうちに悟ったためということも考えられる。しかし、その日に限って目覚め、容態も悪くないのに震えていた理由は、今もって分からない。

その朝、私は予定していた旅をキャンセルした。新聞やニュースを注意深く見守っていたが、特に何か起こったとは聞かない。

あの夢のことを思い返す度に、私はうそ寒い気分になる。間違っても暑くはない季節の中で、いくら山道を歩いたとはいえ、私は汗ばんでいた。ジムに通い、体を鍛え、ちょっとやそっとでは息切れしなくしなくなっている。歩く程度で息切れしないと断言できる。それにも関わらず、汗ばみ、息をきらしていた。それは何年後の私の姿だったのだろうか。

それ以来、私はその峠だけは通らないようにしている。

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